シェムリアップです

バッタンバンに涙の別れを告げて、シェムリアップへとやってきました。
6号線のあの道が嫌だったのでボート移動なども検討しましたが、バス$5対ボート$15ではまったく勝負にならずにバス決定。

しかし、いまは8時間、っておどされて出発したのに、6時間くらいで到着。途中の道はここ数日で整備されたようで、おどろくほど平らだった。タイから陸路でシェムリアップ行くなら今!数日でぼろぼろになるだろうけど。

すげー具合悪い。
昨日は午後からずっと熱にうなされてた。
バッタンバンでさんざん雨に打たれて、昨日は寒気を感じながらバイクで遠出。体に悪いに決まってる。

コンポンクデイに行ってきました。古い橋があるところ。

今日休んでちょっと回復したら、明日プノンペン。

雨の日

雨の日は好き。
カフェとかでぼーっと外を眺めて雨音を聞いてるのが。

でもどこにも出かけられない。仕事ができない。
昔より格段にルモーの数が増えたので、移動しようと思えばできるけど、それでも濡れるし。

なので、カンボジアの週刊誌を買って、じっくりクメール語の勉強。
大好きなソキムはスキャンダルまみれだね。

昨晩は、日本人旅行者数人とつるんで、鍋、屋台でポンティアコーンをつまみに飲み、スパーク、というカンボジアの夜の黄金コース。

先週はロックに行ってみたけど、見た目はやっぱりスパークのほうが洗練されてるね。
ただ、音楽はロックのほうが好みかな、カンボジアオリジナルが多くて、シサモット曲のダンスアレンジとか鳥肌もの。
スパークはいろいろ詰め込もうとして幅が広すぎ、すべて外国ものだね、洋楽から中国とタイテクノあたりで。去年きたときはレゲトンばかりだったので、日にもよるんだろうけど。
でもどちらにしても、カンボジア演歌ライブの時間が多すぎ。

いざ日常へ

やっと、やーっと落ち着いた。
落ち着いたというか今日から本格的に仕事。

でもなんか今日は中国のお祭りらしく、街がちょっとお休みモード。クメール人には関係ないらしいけど。

バッタンバン時代に、私のうちで日本語勉強したりいろいろと交流のあったお坊さんが、いまはプノンペンにいるというので連絡を取って今朝会ってきました。
もうお坊さんはやめてDTPの仕事をしているらしく、はじめて見る彼の髪の毛ふさふさぶりにびっくり。

先週はねー、まじで疲れたよ。
mixiで知り合ったきっかけで、とある大学生集団のスタディツアーに同行したのですが、まあこれが大変。
いままでNGO主催のスタディツアーなどにくっついて大学生と行動をともにしたことは何度かあったのですが、それとは大違い。
でもかなり有意義な情報をたくさん仕入れられたので、ボランティアとしても見返りは多かったからよしとします。

チェンラ

土曜日に学生さんたちと合流して、19日20日とコンポントム。
昨日の夜やっとシェムリアップへ着きました。
シェムリアップでは、いままでに泊まったことの無い高級ホテルに泊めてもらってます。

ちょっと次の移動まで空き時間ができたので、こっそり抜け出して、家に戻ってきました。チェンラ。
泣きそう。
パパさんママさんみんな元気そうだ。ドライバー達はもう仕事に出ちゃってあまりいないけど。夜に時間があったらまたこよう。

おとといコンポントムでは、小学校訪問、なかなかいい経験をさせてもらいました。
昨日は病院、デング熱にかかった子供たちがほんとにたっくさん入りきれないほどいた。医大生もいるので、破傷風のこともいろいろ勉強させてもらったし。ひとりで動いてるとなかなかこういうのは見れないね、感謝。
今日はシェムリアップらしく遺跡見学。
明日の夜にプノンペンへ戻ります。

プノンペン到着 ぐっすり寝ました

友人に無事会って、電話番号ゲット。
しかしやっぱり新しいナンバーに。

ネット屋をはしごして、ようやくまともな店を見つけた。
速度がまあまあで、日本語使えて、USB刺せて、だとなかなかない。
しかしここも、USBが使ってると不安定になって刺したメモリが読めなくなるし、Skypeがインストールされているのに繋がらないし、でまだ不便。
なんか全体的にネットの品質が低下してるような気が。日本のADSLに慣れちゃって、とかのレベルじゃないくらい。
ネット屋探しの旅はまだまだ続く。

肩掛けバッグを現地調達しようと思っていたのだが、お気に入りのお店がやたら品薄になってた。格好いいの見つからず。

ここまでの話。

成田の出発はだいぶ遅れた。予定時刻を過ぎて、JALジャケットの整備員があわただしく機内を駆け回るのはやめてほしい。
機内食のカレーを、席の後ろからと前から配り始めて、ちょうど私のところで足りなくなる。泣きそうになってたら、どっかから別なの持ってきてくれた。あきらかに隣の人の食事より高いグレード。ちょっとラッキー。

出発は1時間くらい遅れたのに、バンコク到着は予定より30分くらいはやかった。さすがインド人、どうなってんの。

スワンナプーム新空港は広くてきれいだけど、安っぽい。
シャトルバスで公共交通センターまで行って、都バスでバンコクへ。
カオサンまで行くのは遠いので、オンヌットでゲストハウスを見つける。ドミ160B。悪くない。

バンコクはやっぱり奇跡の町。そのへんちょっと歩いて屋台でごはん食べてたりしたら、知人と出会う。しかも別々に3人も。おそろしいなー。
話し込んでたら夜になったので、結局寝ずにチェックアウトして、北バスターミナルへ。

おなじみのバスでアランヤプラテートへ。でも始発はちょっと乗り遅れたので、待って次の5時の便。

国境越えは9時ごろ。
いつもはうざい詐欺師どもを振り切るんだが、私がいつもよりちょっと日本人っぽい服を着てて肌も白かったので、旅行者のふりしてついていってみた。
ビザ1300Bだって。あほか。

タイの出国ブースで並んでいたら、日本人の大学生らしき3人組がいたので話しかけてみる。
「いやーこんなところで日本人と会うなんてー」なんてはしゃいでいたので、夢を壊さないようにそっとしといた。
彼らはガイド付のタクシーを手配済みらしい。いいね楽しそうで。

ビザセクションでビジネスビザ頼んだら$5要求される。いつものように断ったら、じゃあ観光ビザを取れ、と。ねばっても無理そうだったので半額の100Bで交渉成立。

なんか全体的に昔よりうざいポイペト。私の格好のせいだろうか。
タクシーも値段がまったく落ちない。
仕方ないので、ピックアップでシソポンへ場所をうつすことに。
ポイペト~シソポン間の道は、かなり痛んでてボコボコ。まっすぐシェムリアップ行く人は大変だろうな。

シソポンからは$10でプノンペンへ行くタクシーをすぐに見つけられた。いやー平和でいいなシソポンは。
でも、ちょっと疲れていたので、定員2名の助手席を2倍の料金で貸しきることに。

後ろのシートにはカンボジア人が3人。ひとりココンから来たというタイ人のような服装のきれいな女の子が。やたら話しかけてくる。このままココンに行こうよとか、わけわかんね。
シートもサスも快適な新しいカムリで、すっかり熟睡。久しぶりのカンボジアなんだから、もうちょっと緊張感持てよ、って寝ながら思う。

あっという間に午後6時プノンペン。
ゲストハウス探すのも面倒だったので、キャピトル3へ。初めて泊まったけど、なかなか快適。

バンコクにいるわけですが

恐ろしいほど偶然知人に会う街です、ここは。
どうしてあなたがスクムビットを歩いているのですか。
どうしてあなたがママーズに長期滞在してるのですか。

先週末にカンボジアに別れを告げ、大都会バンコクへとやってきました。2日夜までたっぷりバンコクです。
日曜日にはチャートーチャックなんかに行ったりして無駄に体力を消費。昨日はお客様ご夫妻をお見送り、空港税2人分1000バーツなんか用意してなくてもちっとも驚かずにそっと渡します。

よし、今回の旅もあと2日ちょっとだな、と思ったら5月は31日まであるのね。まだまだだな。
当初の予定では、この1週間でスリン方面のタイにあるクメール遺跡を見てこようかとも考えてましたが、資金もないし疲れたしでバンコクにこもることにしました。
マーケットめぐりでもしていいもん探そっと。

あちーよやっぱり

やっぱり暑いや、カンボジア。なめてかかってすまんかった。
今日は雨季らしい大雨が夕方にどかっときました。

一日中プサーの中でもうへとへとです。
でもとりあえずプノンペンで買うものは買って送ったし、なんとか一段落。

午後からはお客様に、トゥールスレンとスタンミエンチャイ山のダブルパンチをお見舞いしてやった。さぞかし今夜のご飯がうまかろう。

明日はいよいよシェムリアップ。
でもまだバスのチケット購入してません。

お客様のオーダーしたカンボジアスカートが明日の朝できあがる予定なので、出発時刻を確定できません。
ま、なんとかなるはず。カンボジアだし。

やっとプノンペン

今回2回も素通りしたプノンペンに戻ってきました。

19日にはポイペトでお客様をなんとかピックアップ。

ポイペトのビザ窓口前で合流して、タクシーでバッタンバンへ。
今回いらっしゃった奥様は日本語教師でもあるので、日本語教室をやっているお寺に案内しました。教室はお昼に開かれるので授業風景は見れませんでしたが、お坊さん先生にお寺の案内をしてもらって、お寺秘蔵品や夕方の読経風景など貴重なものを見せてもらえました。

昨日はバスでプノンペンへ移動、ほんの少しだけ市内観光をして、夜はクメールスリンでカンボジア料理。うまかった。

ここんとこカンボジアは涼しい気候が続いています。ちょっと雨気味でもあるけど、涼しくてとっても観光・買い物がしやすい。
今日から数日は一日中市場めぐりで買い付け仕事をするので、暑くないのは助かります。

買物依頼あったら受け付けます。

カンボジア前半戦終了

ひそかにもうおなかいっぱい。
明日からは、買い付け仕事とガイド役で鬼のような忙しさになる見込みです。
今日は、最後のゆるい一日を過ごさせてもらいます。

私のカレンダー読み違いで、パイリン行きは却下となりました。16日まで連休だと思ってて、休み明けの17日に職業訓練センターを訪問したらまだ休みだっていうんだもん。カンボジアの友人に聞いても、17日は何の日かわからんけど祝日だって。
職業訓練センターは絶対行っておきたいし、おかげで18日に予定していたパイリン旅行がつぶれました。
まあ、行くなってことなんだろう、あそこはマラリア汚染地域らしいし。

で、今日の午前中、職業訓練センターに行ってきました。新しい日本人のスタッフといろいろお話を。
これからいろいろ楽くなりそうなネタ合わせもしてきました。

昨日はお寺の日本語学校で、発音練習のお手伝い。いまのコースは4月からはじまったばかりで、まだひらがなをやっているところでした。
今日もお昼過ぎから行って、濁音の発音のお手本見せてきます。濁音なら東北人にまかせとけ。

ただいま!バッタンバン

バッタンバンにきたよ。

昨晩のゲストハウスにはしっかりとした机と椅子があったので、NHKワールドプレミアムを観ながら、写真整理と記事書きを朝まで。いやーやっぱり環境がいいとはかどるはかどる。

そんでバスの出発は朝7時。ほとんど寝ずに出発です。おかげで今回の行程で初めて熟睡移動。どうせプノンペン~バッタンバン間なんて何もないだろうしね、あっというまにお昼にバッタンバン到着。

なんか昨日今日ととても涼しいです。もう暑い時期は終わってしまったんだろうか、モンドルキリから戻って暑さを覚悟してたのにちょっと肩透かしです。

夕方はだらーっと川沿いを散歩しながらポウビル寺へ。知り合いの日本語はなせる坊さんをたずねていったのに、彼は日本語勉強のためにプノンペンへ引っ越してしまっていました。

今回の行程のほぼ半分なので、バッタンバンではちょっとゆっくり休憩をします。ぼーっと落ち着くのにはいいところだ。

モンドルキリ最高~

いやーいいところだったよーモンドルキリ。
涼しいし景色いいし見所いっぱいだし。

ただ観光客は多かった。国王誕生日の大型連休だったので、プノンペンの金持ちカンボジア人がこぞってリゾートにきてて、ホテルはフル稼働状態。カンボジア最大というボウスラの滝なんかは芋洗い状態でした。

一日目はその滝とプノン族の村などを見て周ってきて、次の日には謎のキリシタン村とベトナム国境アプローチを試みようと思っていたのですが、滝から帰ってきて夕方から原因不明の高熱にうなされてダウン。翌日半日寝込んでなんとか回復しましたが、二日目の計画は断念しました。

そして今日、9時間バスでプノンペンへ。

モンドルキリはカンボジアで唯一のアボカドの産地らしく、プノンペンからの旅行者がこぞって箱買いしていたので試しに買ってみました。2キロ10個で180円。

さっそくキャピトル周辺のなじみのバイタク連中にモンドルキリ土産だと渡してみると、「なんだこのフルーツ」「みたことねー」などとあっという間に完売。初めての人には食べ方難しいだろうなー、しかもまだかちかちの鮮やかな緑色のアボカド。

案の定その場でナイフで皮むいて食べ始めて、「うげー」とか言って吐き出してるし。ちゃんと何日か置いて皮が黒くなったら醤油つけて食え、と教えておきました。

さて、またしてもプノンペンは単なる通過ポイントです。明日はバッタンバンへ。

急げモンドルキリへ

モンドルキリへ向かう途中の休憩所で団体の観光客と遭遇。今夜の宿が心配です。

とにかく一秒でも早く到着したいです。野宿はしたくありません。
停車中のピックアップにぴったり寄り添って立って、とっくにご飯を食べ終わってのんびり茶をすすってるドライバーにプレッシャーを送ります。

きっかり休憩30分で出発。
順調に山道を飛ばします。

このまま到着かと思いきや、道の前方にパンク修理のピックアップを発見。
ああ、こんな時にやたら親切なのがカンボジア人。ピックアップ同士の助け合い精神です。停まってパンク修理の手伝いを始めました。
急いでくれよー。218630392_43

さらにそんなことをしているうちに、ポツポツと雨が。
こりゃやばいってもんじゃないですね。
急いで荷台にシートをかぶせます。
「大丈夫か?」「2時間だな」「どのくらい?」「あと45分」
聞き取って翻訳しても解釈の難しい会話をドライバーと兄ちゃんがしてます。

そしていよいよ、後ろからはさっきのバスの姿が!
ドライバーもバスには抜かれたくないのか、迫りくるバスの姿を確認し、すんでのところで出発。

走り出してしまえば、バスよりはこちらのほうが速いです。カムリにはがんがん抜かされてますが、バス軍団にさえ抜かされなければ大丈夫。

やがて、山を抜けて、広い草原が広がってきました。
モンドルキリ高原です。
僕がカンボジアで一番綺麗だと思うのがここの風景です。
別な言い方をすれば、一番カンボジアらしくない景色でもあります。218630392_155

程なくして高原の向こうに街が見えてきます。
モンドルキリの州都、センモノロムに到着です。

カエウサイマ

スヌオルを出発してモンドルキリへ向け山道を順調に進みます。

あいかわらず道は悪いですが、ラタナキリ往復8人乗りカムリを経験した後では、後部座席に2人だけのピックアップは超快適です。

一時間半ほどでちょっと開けた街で停車。
ドライバーは何も言わずにエンジンを止めて降りていきましたが、おそらく30分休憩です。
だいたいいつでもどこでも同じようなちょっとした集落の食堂で休憩しますね。特におなかもすいてないし、食堂見学も飽きてるので、周辺散策開始です。

ここは単なる山中の集落ではなく、それなりに大きな村のようでした。食堂からちょっと歩くと、大きな広場とその奥にある市場を発見。市場の看板には「カエウサイマ」と書いてあります。おそらく街の名前も同じでしょう。
市場にいたおばちゃんに話を聞くと、ここはもうモンドルキリ州になるようです。ここからすぐベトナムにも行けるとか。
なるほど、喫茶店にあったオンパウしぼり機にベトナム語の「SinhTo」の字を確認しました。さとうきびジュースとベトナムフルーツシェイクのシントーは似て非なる物だとは思いますが。217873266_155

さて、20分ほど探検してから、置いてかれても困るので車が止まっている食堂へ戻ってみたところ、そこには驚愕の風景が!

さっきはほとんど客のいなかった食堂ですが、いつのまにか大勢の客であふれかえっています。
客はみんなちょっと小奇麗なクメール人家族。店の横には小型のバスが何台も停まっています。
さらに道のむこうから他のバスがやってきてるのも見えます。

217873266_83そう実はこの日は、カンボジア春の大型連休の初日。
混雑に巻き込まれないように連休中は山奥で過ごそうとスケジュールを組んだのですが、これはちょっと予想外です。モンドルキリって実は観光地なのかー。

で、ちょっと待てよ、これはひそかにやばい事態かも。
モンドルキリにそんなたくさんの宿があるとは思えません。もしかして泊まるとこがないなんて可能性も。少なくともこの集団に先を越されるとなかなか厄介なことになるかもしれません。

ちょっとドライバーさん、は、はやく!

中継点スヌオル

クラチェからモンドルキリの州都センモノロムへむかいます。

前日に川沿いにいくつか並んでいるバス会社をあたってみたのですが、モンドルキリ方面へ行くバスはみつかりませんでした。
どうやらタクシーかピックアップで行くしかなさそうです。タクシーターミナルは市場のそばにあるので、朝に行ってみればどうにかなるでしょう。

朝7時にターミナルへ行ってみると、余計な心配しなくてもおっさんたちにタウナータウナーと囲まれました。
「センモノロム!」とだけ宣言してつれてこられたのは、すでに満席近くに客が詰まったワゴン車。僕が乗り込んだと同時にスライドドアが閉められ出発しました。

これなら快適~、なんてのん気にしてると、2時間もしないうちにちょっと開けたところに停車、みなさん車から降りていってしまいました。
到着?そんなわけはありません。
モンドルキリまでダイレクトには行かないのでここで乗り換えってことですね。乗ったときには何も言ってくれないんだもんなー。

着いたのはスヌオルという街です。プノンペン・コンポンチャム方面からクラチェ・ストゥントレン方面へ繋がる国道7号線で、モンドルキリ方面へ分岐する地点です。ベトナム方面にもここから分岐しているので、交通の要衝として栄えているようです。
実は数日前にもここにきたんですね。プノンペンからストゥントレンへのバスがここで休憩しました。

ここからモンドルキリに行く車はいつの間にかちゃんと手配されてました。こういうところは意外とちゃんとしてるんだよなカンボジア。
ここから乗っていくのは年季の入ったピックアップです。荷物を積んで乗り込もうとしたら、ドライバーが「まだ乗るな」と。
出発は11時だそうで。
今はまだ9時。
待つのか。

ちょっと周辺を散歩しながら写真でも撮って待ちます。
といっても早く出発する可能性も捨てきれないので、このターミナルから遠く離れるわけにもいきません。置いてかれたらこの街に宿とかあるのかなーなんて余計な心配もしてみます。まあクラチェに戻ればいいんだけど。

214662190_27おばちゃんとか客を集めてから出発するのかと思っていたら、ピックアップの荷台にはどんどん荷物が載せられていきます。次から次と、野菜と魚と鶏と卵とその他食品と。
僕のバックパックはどこに埋もれたんだ、と心配になって探してみたら、卵パックの上にきちんとくくりつけられていました。

期待どおり、12時に出発。
客は4人。
若い兄ちゃんだけが屋根の上にのります。よかった中の座席確保できて。

214662190_49

クラチェはイルカのみ

ラタナキリを出てクラチェへやってきました。
白人の町です。
日本人の姿はあまり見かけないのに、欧米バックパッカーがわんさかいます。街が狭いもんだから、密集度はシェムリアップを超えてカオサン並み。しかしそのおかげか意外と都会っぽく垢抜けた街です。ファラン向けレストランやバーやネットカフェやゲストハウスなんかがいくつかあります。

212473243_49カンボジア有数のイルカウォッチングスポットなのでこんなに集まってくるのでしょうか。街を歩くとモトのおっさんたちが「ドルフィン!ドルフィン!」と声をかけてきます。
あまりにうざいので、イルカ料理はどこで食えるんだ、と聞いたのですが何を言ってるのか理解してもらえませんでした。

宿は市場のまん前のなんとかホテル(忘れた)。
エアコン無し4ドルでバドミントンコートくらいの無駄に広い部屋。しかし暑かった。

ネット屋でメールチェックしてるときに、携帯で「はい、チャー」とか会話してる声が聞こえてきたので、後から話かけてみたら思ったとおり、協力隊員でした。

212473243_128メコンのイルカはラオスでたっぷり見たので、ここクラチェには何も用事がありません。
1泊でモンドルキリへ急ぎます。

ラタナキリより帰還

帰還といってもクラチェに出てきただけです。
やっとネットができる、しかも日本語入力。

以前よりサバイバル感は増してるような気がする。昨日の昼ごはんなんて、朝に市場の屋台でナイロン袋にテイクアウトしたぶたごはんを、お昼だからっつってジャングルの何もない路上にドライバーと2人で座り込んで、手づかみで頂きましたよ。

プノンペンから思ったより速いバス9時間で北のストゥントレンへ。一泊の後、8人乗りのカムリタクシーでラタナキリはバンルンへ行ってきました。
ラタナキリ、いいところ。かなりほこりっぽいけど。
2日のバンルン滞在でお腹いっぱいになるほど少数民族の村を見てきました。
クルン族、タンプオン族、プノン族、それぞれに魅力的な文化をもった高地民族です。中でもプノン族は人口も多く、いまでも伝統的な生活をきっちり残していて、とても興味深くお邪魔させてもらいました。
帰ったらゆっくり書こうと思いますが、ラタナキリでは素晴らしい出会いの連続でした。

そして今朝、またもや8人乗りカムリで5時間、クラチェへ。
クラチェはすげー都会だな。そしてものすごい数の白人旅行者。町が狭いもんだから、密集度はシェムリアップを超える、カオサン並み。
クラチェはよくわからんです。プノンペンから7時間とそこそこの距離な地方ぶりと、川イルカがたくさんいるってことでしょうか。バーとか白人向けレストランとかもいくつかあるので、彼等にとってはとてもいいところなんでしょうね。
イルカとか別に興味ないんで、こんなところはさくっと通過しましょう。

これからモンドルキリに行ってきます。目標ミッションはベトナム密入国。
またしばらくネットできません。

ダメ押しラタナキリ

「ラタナキリ」というのがサンスクリットで「宝の山」を意味するとおり、周辺では宝石が採れるようで、見学のできる採掘所があったり、バンルンの街中にも宝石商がたくさん並んでいたりしました。
仲良くなったドイツ人も、商売のために宝石を買いにわざわざカンボジアまで探しにやってきたらしく、毎日のように石を買い歩いていました。しかし自分にはそういうのを見極める能力がまったくないのでノータッチ。
ドイツ人情報だと、ここバンルンでも市場周辺の宝石店には平気で偽者が並んでいるらしく、街中歩き回って見つけ出したこの裸のおっさんの店が値段・質ともに合格だそうです。

186385007_171ゴムもラタナキリの各所で見かけました。木から採取した樹液を土を掘った穴の中に流し込み、固まったところでポコッと引き抜いたものを、定期的に業者さんが買い取っていくそうです。
昔からの産品ではなく、少数民族の人たちの収入手段として最近政府が生産を斡旋しはじめたものだという話。

186385007_88この写真は砂利をならしているところではありません。
ラタナキリの特産品のもう一つ、カシューナッツでした。どでかい森が丸ごとカシューの木だったりして、とにかくざくざくカシューナッツが採れるらしく、てきとーに採ってきたものを、てきとーに道路で乾燥させながら、かなり安い値段でてきとーに売っている様子。

さて、次はここからモンドルキリに行きたいのですが、ジャングルを突っ切ってまっすぐ南に下がるルートは道も険しくとってもハードすぎるらしいので、おとなしく一度平野部のほうへ戻ることにします。クラチェに行きます。
てきとにー当日の朝に乗り合いタクシーを探そうかと思っていましたが、夕飯を食べに行った屋台の女の子がクラチェの出身とかで話が盛り上がり、知り合いのドライバーを紹介してもらいました。料金もリサーチしてた一般的外国人料金よりちょっと安く。

その女の子(高校生)に「私のお父さんになって」と言われたのですが、どういう深い意味なのかはわかりませんでした。

バンルン3つの事件

ラタナキリ。ある日の晩すっかり暗くなってから、夕飯を食べにレストラン街の中国風食堂に行ったところ、店の前の道路に巨大な影が。
ユニックが倒れてました。
向い側のワンブロックに大きな建物を建設中の様子だったので、作業中に倒れたのでしょう。
ごはんを食べながら、車を囲んでいる当事者らしき作業員たちの話を聞いていると、どうにもできないので明日になってから助けを呼ぶしかないんじゃないか、ってことでまとまったようです。
次の日、バンルンの街はこの話題でもちきりでした。
朝、ホテルの女の子からは「車が倒れてるの、大変よ」と、朝食を食べに屋台に行っても「車が倒れるなんて日本でもあるの?」と、ほんのちょっとの距離をバイタクに乗ったら「この街で事件が起きてるんだ、見に行ったほうがいいぞ」と。
まあ僕もわざわざ写真を撮りに行ってきたんですけど。
残念ながらこの日、少数民族の村めぐりに出かけてしまったので撤収の様子を見ることはできませんでした。

185311162_146今回のカンボジア訪問は一年の中でも暑い時期に含まれる5月。山間部のラタナキリといえど昼間の暑さは相当なもんです。
そんな晴れた日中のうだるような暑さの中、市場の建物の裏手に広がる野天市場をふらついていた時に、前方で女の人の叫び声が聞こえました。一気に人が集まって緊張が高まります。間をおかず現場のほうから走り出てきたおばさんが、僕の立っていた近くの八百屋から包丁をつかみ取って現場へ飛ぶように戻っていきました。
急いでそのおばさんの後を追ってきてみるとそこには、数人に取り押さえられて泣きじゃくってパニックになっている女性と、もうひとつの人だかりの中心でぐったりと動かなくなって地面に横たわっている赤ちゃんが。
一瞬かなり驚きましたが、よく見ているとどうやらそのパニックの女性は母親のよう、周りの人間が必死に「大丈夫だから落ち着け」となだめています。赤ちゃんのほうにはさっきの包丁をもったおばさんが、ライムの皮をむいてぐったりした赤ちゃんの顔や胸元にライムの果汁をこすり付けています。
おそらくこの暑さで突然抱いていた赤ちゃんが倒れてしまったのと思われます。栄養状態もよくないのでしょう、母親の格好からするに山から買い物に降りてきた少数民族の人のようです。
かなりの緊張した空気でしたが、周りの人の落ち着いた対応を見るに、赤ちゃんの命は無事なようです。カンボジアの知恵の応急処置をして、少し動くようになった赤ちゃんを、また別のおばさんが抱きかかえてバイタクに乗ってどこかに運んでいきました。
母親はそれでもパニックが収まらず、茶色い衣服を乱しながら何事か言いながら泣き崩れています。それをまわりの綺麗な格好の市場のクメールのおばさん達が「大丈夫赤ちゃんは生きてるから!」「母親のあなたがしっかりしなさい!」と叱咤しています。
赤ちゃんが無事病院へ運び出されてから、一時期は百人以上いた様子の人だかりも徐々にみんなが日常に戻って行ったので、外国人の僕もこれ以上野次馬していてはいけないような気がして、そっと現場を離れました。
ふと、あの場で日本人である僕が何かをすべきだったのか、何ができたのか、いまでも考えます。

185311162_179同じ日の午後、のどが渇いたので市場前の屋台のようなところでボトル入りの水を買ってお釣りを受け取った瞬間、突然後ろから強い力でTシャツの袖をひっぱられました。
何事かと振り向くとそこには、手にナタを持ち頭にクロマーを巻いた薄汚い格好の老女が。
前歯の欠けた笑顔で、ナタを構えながら手のひらを差し出しています。かなりアクティブな物乞いでした。
特に危険な気配は見られず、周りの人間もあきれたような薄ら笑いでみています。
仕方が無いのでそのお釣りの500リエルを渡しました。
満面のいやらしい笑みを見せながら去っていく老女。
今の何?と屋台のおばさんに聞くと「彼女は頭が悪いのよ、街のみんなからお金や食べ物をもらって生きてるの、ごめんなさいね」と。
その時は、変な物乞いもいるもんだなーとピンと来ませんでしたが、それから数時間たった夕方、別の場所でまたその老女を見かけました。
とぼとぼと歩いている老女に向かって、近くで遊んでいた子供達がなにか罵声のようなもの浴びせると、彼女は振り向いてナタを構えて脅かすように1歩ふみだしました。「キャー」という黄色い声を上げながらダッシュで逃げていく子供達。
その瞬間忘れていた子供のころの風景を思い出しました。
現代の嫌なものを隠して社会保障を国に任せている日本ではなかなか出会うことは無いかもしれませんでしたが、僕が子供のころには同じような風景が日本にもありました。
ホームレスとはまた違う、子供から恐れられ子供のしつけに利用されながらも人々から愛されて地域の社会保障の中で生きている乞食という人たち。僕のいたところではホイドと呼ばれ、学校帰りに出会ったりすると本気で怖がっていましたが、この老女がまさしくホイドです。
プノンペンやシェムリアップなどにいる手や足を失った物乞いやストリートチルドレンともまたちょっと違う、懐かしい地域社会の姿に出会いました。

ほんの数日でしたが盛りだくさんのラタナキリ。
次はさらなる秘境モンドルキリに行くためにクラチェ方面へ戻ります。

ラタナキリ動物ランド

すべてバンルンの中心のマーケットのど真ん前で撮影。

街ぐるみでヤギを飼ってるところはたまにありますね。バッタンバンでもよくヤギを見かけました。
ここバンルンのヤギは、野良犬並みに街を巡回しているようで、いろんなところで何度も出会いました。もしかするとヤギに見せかけたベトナム公安かもしれません。

185057928_152地方ではいまでも普通に動力源として馬が使われているようで、荷物を運ぶ馬車は各地で見られます。
しかしこの日見かけたのは、単独で自由に大通りを歩く馬。まわりの人も全く気にしてないようなので、普通なんですね。

185057928_112市場前大通りをはさんでタクシーターミナルの反対側に、ちょっとしたレストラン街があるのですが、ある日ここのお気に入りの中国風食堂でご飯をたべていたら、なにやら都市部にはいてはいけないような鳥の姿が。店の目の前でごみをあさってました。
次の日も同じところに出現していたので、彼らの日課なのでしょう。メヒコか。

ラタナキリその他

ヤクロム湖は、バンルンの街からバイクで10分のところにあるすごい綺麗な湖です。
ラタナキリに到着した日、ストゥントレンから一緒に車に乗ってきたドイツ人に誘われて一緒にいってきました。若者が水遊びをしたりするデートスポットです。
小さな資料館や、少数民族の建物のレプリカなどもあっておすすめ。

184485602_11

バンルンより少し東に行くと、小さな山があって、その上のお寺のさらに上にかわいらしい寝釈迦像があります。眺めも最高。

山の帰り道にバンルン空港が。空港?だだっ広い土の広場しかありませんが。
184485602_8いやーこんなところに飛行機では来たくない。でも飛んでるってことは飛行機で来る人もいるんだろうな。恐ろしや。
子供たちが滑走路で凧揚げをしていました。

ちなみにラタナキリといえば「滝」らしいのですが、地元のドライバーがあまりに滝しか薦めないのであえて避けました。
いや、裏側がのぞける滝はおすすめです。