勉強を兼ねて作ってみた。
彩度を上げて被写界深度を極端に、あとはスクラッチとか味付けちょいちょい。
てきとうにいじった割りにいい感じ。
カンボジアに似合うかもしれんね。
一応なんちゃってHDR化もしてるけど、あまりうまくいってない。
オートブラケット撮影できるデジカメ欲しくなってきた。
つーか撮影旅行に行きたい。
勉強を兼ねて作ってみた。
彩度を上げて被写界深度を極端に、あとはスクラッチとか味付けちょいちょい。
てきとうにいじった割りにいい感じ。
カンボジアに似合うかもしれんね。
一応なんちゃってHDR化もしてるけど、あまりうまくいってない。
オートブラケット撮影できるデジカメ欲しくなってきた。
つーか撮影旅行に行きたい。
相変わらずはじけてんなー。
ライブとか見てみたいんだけど、カリフォルニアかー。せめてプノンペンに来てくれればなー。
アメリカなんかこれっぽちも行く気はないけど、5万人もいるっていうロングビーチのクメール人コミュニティは訪れてみたい気もする。
内戦の時、アメリカがカンボジア難民をいっぱい受け入れて、カリフォルニア州に巨大なコミュニティが作られたらしい。いまも多くのクメール人が住んでいて、リトルプノンペンというのもあるとか。なんかうまく想像できないのでとても気になってる。
このボーカルのChhom Nimolの歌声はほんとに素晴らしい、しかしそれでも本家ロ・セレイ・ソティアはもっともっと上なんだよなあ。あんな偉大な歌手は二度と現れないのだろうか。
バッタンバンに若いお坊さんが自主的に運営している日本語教室があります。
シェムリアップにはガイド養成のための日本語学校がたくさんあって活発ですし、プノンペンでは大学を中心にちきんとした日本語教育が行われています。
しかしバッタンバンには、きちんとした日本語学校もなく、常駐しているネイティブの日本語教師もいません。
バッタンバンは日本人旅行者もほとんどこないので、日本語を習得する必要もあまりなさそうに思われがちですが、カンボジア第2の都市として他の教育環境も整っており、周辺の地方から多くの人が集まってくるところでもあるので、日本語学校の設立はかなり熱望されているところでもあります。
そんな環境でも日本語を習得したいという熱心な人たちは、駐在のNGOスタッフや協力隊員などの日本人から少しずつ日本語を吸収し、中にはきちんと初級テキストをマスターした人までいます。
私も在住時に、話し相手くらいの感覚で毎日数人の生徒さんを相手に日本語教室の真似事をしていました。
お寺で日本語教室を開いているのは、その時の生徒さんの中でも1番日本語が上手だったお坊さんで、なかなか日本語を教えてくれる日本人が現れずに困っていたのですが、他のお坊さんの要望により自ら教壇に立つことを決めたそうです。
ただやはり問題点は発音の部分で、そのためにも日本人の先生が必要だといっていました。
今回、私はこの先生に感銘を受けて、つい約束をしてきてしまったので、これから少しずつできるかぎりの協力をしていきたいなと思っています。いずれは日本人の先生を派遣できるようになって、きちんと日本語学校といえるレベルまで。
まずは5月に、日本語の辞書を手土産に再訪問する予定です。
カンボジアをはじめとする周辺諸国のお坊さんのスタイルはだいたい同じ。オレンジの布を纏っていてもちろん坊主頭。オレンジの傘ってのもつきものです。
この坊さんたち、日夜厳しい修行をしているのかと思いきや、意外とのんびり暮らしているらしく、暇なせいかみんな話し好き。有り余る時間を利用して勉学にいそしんでいる坊さんも多く、上手に日本語を話せる坊さんが多くて驚かされます。
午後とかにお寺とかにいくと、いい感じに話し相手になってくれて暇がつぶせます。というかほとんど坊さんからの質問攻めか、これは日本語でなんていうんだ、で終わってしまいますが。そしてエロ話も大好き。「彼女はいますか」とか「カンボジアの女性はどうですか」とか「日本人の女の子と話がしたい」とかそんなんばっか。あんたら修行の身じゃないのかい。
前にタイ-ラオス国境で、イミグレの建物の影でタバコを吸いながら久しぶりに会ったらしい彼女といちゃついている坊さんを見た。さすがにそれはどうかと思うよ。
約2年ぶりにバッタンバンの職場をゆっくり訪れて、忘れていたことをいろいろと思い出しました。
来てすぐのころ、訓練センターの敷地に忍び込んだ小さな姉妹から手紙を手渡されたことがありました。
そこにはつたないクメール文字で、「おかあさんがびょうきでこまっているので$10かしてください。このてがみのことはだれにもいわないでください。」と書かれてました。
日本人が新しく働きに来たという噂をどこからかきいて、一生懸命手紙をかいてきたのでしょうか。
僕が彼女たちの目の前で手紙を読んでいると、センターの先生がやってきて、その瞬間、小さな姉妹たちはあわててどこかに走り去ってしまいました。
それ以来その子たちの姿はみていません。 このこと、2年間すっかり忘れてました。
手紙を渡された時と同じ場所に立ってみたら、ふと。
かぼちゃの上の部分だけ蓋みたいに切って開けて、種とか取り出して、中にプリンの素を入れて、蓋をしてそのまま蒸す。
カンボジアの有名なデザート。
丸ごと1個で$2~$3。
デザート屋台で売ってるけど、早い時間に行かないと丸ごとは残ってない可能性大。シェムリアップだと、6号線のなんとかホテル横の広場の屋台でいつも買ってた。
さすがかぼちゃのふるさとだけあって、カンボジアのかぼちゃはうまい。練馬の大根並み。
冬至だなーと思ったらかぼちゃが食べたくなってね。
日本ではジャンクフードの部類に入るインスタント麺だが、タイなどではしっかりと食材のひとつとして存在する。
屋台で麺料理を頼むと麺の種類が選べたりして、太麺にする?細麺?黄色い麺?インスタント麺?ってな感じで、れっきとした選択肢の一つにノミネートされるのだ。しかも、格下の感はまったくなく、他の生麺乾麺と同等に渡り合う。
いや、米の乾麺なんて市場でむちゃくちゃ安く売ってるから、ひょっとしたらインスタント麺はちょっと高級食材なのかもしれない。
ポイペトから逃げ延びてたどり着いたタケオでのウェルカムラーメン
チェンラでポケットの100リエル札集めて注文したフライドヌードル
生涯忘れることのできない思い出の食事にでてくるのはすべてインスタント麺だ。
ありがとうインスタント麺!
来世、僕がもし麺類に生まれ変わるなら、インドシナのインスタント麺になりたい。